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大阪高等裁判所 昭和52年(う)1052号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役一年二月に処する。

原審における未決勾留日数中三〇日を右刑に算入する。

当審における訴訟は被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人湯川和夫作成の控訴趣意書に記載のとおりであるから、これを引用する。

論旨は、被告人は、知能が極めて低く、そのため本件犯行当時心神耗弱の状態にあつたのに、これを認めなかつた原判決は事実を誤認している、というのである。

そこで、所論にかんがみ記録を調査し、当審における事実取調の結果をも加えて検討するのに、被告人の母である原審証人甲の証言、被告人の原審及び当審公判廷における供述、並びに当審で取調べた鑑定人桜井公夫作成の鑑定書によれば、被告人は幼時から知的発育が著しく劣悪で、一応中学卒業となつているものの、中学校の各学年とも実際に登校したのは三分の一にも充たず、それも母が附き添つていなければ逃げ帰る状況だつたので、学業成績はゼロに近く、三〇才に達した現在においても、TK式田研・田中ビネー知能検査によるIQ(知能指数)は四八にとどまり、その他の各種知能・心理検査の結果を総合すると痴愚級の精神薄弱者で、精神年令は六、七才級のレベルにしかなく、読み書きや計算なども極く単純なものしかできず、他人の物を盗み団警察につかまるということや刑務所へ入れられるのは悪いことをしたからだということは一応分つてはいるけれどもそれ以上に悪事を働くことの社会的意味、その結果が周囲に及ぼす影響などを抽象的・論理的に思考する能力には欠け、自己の金銭的欲望に駈られるまま短絡的に犯罪行動に走りやすい傾向を有しているため、自立して社会生活を送ることは困難で、常に周囲からの監督援助を必要とする者であることが認められ、被告人の内妻である乙の原審証言のうち、被告人の知能程度についての右認定に反する部分は、所論も指摘しているとおり、被告人やその母の面前で被告人が低知能であるとは述べにくかつたと思われる点や前掲各証拠と対比して採用し難く、他に前記認定を左右するに足る証拠は存しない。そして右認定の事実関係によれば、被告人は、本件犯行当時、所論のいうとおり知能が甚だ低格であることにより事物の理非善悪を弁別する能力及びその弁別に従つて行動する能力が著しく弱く、刑法三九条二項にいう心神耗弱の状態にあつたものと認めるのが相当である。

もつとも、原判決の挙示する乙の検察官に対する供述調書謄本や被告人の捜査官に対する各供述調書によれば、被告人が本件犯行のあと盗品の映写機を入質換金するに際し、犯行を共にした乙に対し「わしの名前やつたら警察が来るから、お前の名前で入れ」といつて同女名義で質入させていること、またその頃同女に対し「もし刑事が来たらあの映写機は神戸デパートの前にいる時知らん人から一寸預つたものやと言え」と口止めしていることが一応認められるところ、原判決は、これらの事実と前記乙の原審証言を根拠として被告人はいまだ心神耗弱の状態にはなかつたものと認定し、この点の弁護人の主張を排斥しているのであるが、乙の証言が採用し難いことはすでに述べたとおりであり、また、被告人のような痴愚級程度の精神薄弱者でも経験の反覆によつて日常の具体的場面への具体的な対処の仕方についてはかなり学習できること、被告人の場合も、これまでの数次に及ぶ非行と処罰の経験から、警察沙汰になつた際の対処の仕方については一通り心得てきてはいるけれども、それは短絡的なものにとどまり、思考に基づいて是非善悪を弁別する能力は弱く、その弁別に基づいて行動する能力に至つては著しく弱いことは前記鑑定書によつて明らかであり、してみると、被告人の前記のような犯行後の言動も、過去の具体的経験に基づく本能的・短絡的行動にすぎないと認めるのが相当であり、したがつて、右言動を根拠として被告人がいまだ行為の是非を弁別し、これに従つて行動する能力に著しい減弱を来たしてはいなかつたものであるとした原判決の判断は支持することができない。

以上のとおりであつて、原判決には被告人を心神耗弱者と認めなかつた点で事実の誤認があり、この誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから原判決は破棄を免れない。論旨は理由がある。

よつて、刑事訴訟法三九七条一項、三八二条により原判決を破棄したうえ、同法四〇〇条但書に従い更に次のとおり判決することとする。

(罪となるべき事実)

当裁判所の認定した罪となるべき事実は、原判示罪となるべき事実の末尾に「なお、当時被告人は心神耗弱の状態にあつたものである」と付加するほか、右罪となるべき事実と同一であるから、これを引用する。

(証拠の標目)〈略〉

(累犯となる前科)〈略〉

(法令の適用)

被告人の判示所為は、盗犯等ノ防止及処分ニ関スル法律三条、二条、刑法六〇条に該当するところ、前記の前科があるので同法五九条、五六条一項、五七条により同法一四条の制限内で四犯の加重をし、右は心神耗弱者の行為であるから同法三九条二項、六八条三号により法律上の減軽をし、なお犯情を考慮し同法六六条、七一条、六八条三号により酌量減軽をした刑期の範囲内で被告人を懲役一年二月に処し、同法二一条を適用して原審における未決勾留日数中三〇日を右刑に算入し当審における訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項本文を適用して全部これを被告人に負担させることとし、主文のとおり判決する。

(瓦谷末雄 山田敬二郎 青野平)

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